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福岡地方裁判所小倉支部 昭和43年(わ)16号 判決

以下は、判例タイムズに掲載された記事をそのまま収録しています。オリジナルの判決文ではありません。

〔判決理由〕二、<前掲各証拠>によると、被告人が判示の日時・場所において自己が乗車していたタクシーの運転手北住要に対し判示認定のような暴行を加えた後、逃走を企て、右同人管理のタクシーに乗り込みこれを発進させ一〇メートル位走行したがハンドル操作を誤つて同車を付近の農業用水路に突込んでしまつたのでその場から逃げ去り、その際同所までの乗車料金六六〇円を支払わなかつた事実を認めることができる。

被告人は、司法警察員および検察官に対し「当時は八〇円程しかお金を持つておらず、自宅に帰るタクシー代に足りないので、タクシーの只乗りをし運転手を脅かしてタクシーを奪い取り、それで家の付近まで帰ろうと思つていた。」旨犯行を自白し、当公判廷においても当初は主たる訴因を認めていたが、その後第三回公判期日において「私は、自動車料金の支払いを免れようと企てたことはありません。私は昭和四二年六月、あるタクシーの運転手から殴られましたが、本件の被害者がそのとき殴つた男だと思いました。それでその仕返しをするつもりで殴つたのであります。」と述べて強盗の犯意を否認するに至り、また第九回公判期日において追加された予備的訴因についても「私は当時金員に窮していたこともなく、タクシー売上金を強取しようとしたこともありません。」と述べて強盗の犯意を否認している。

三、そこで、以下、被告人に「タクシー代金の支払を免れるため」ないしは「タクシー運転手からその売上金を強取するため」タクシー運転手北住に暴行を加える旨の強盗の犯意があつたか否かの点について検討する。

(1) 「主たる訴因」について

被告人は、当公判廷において「私は犯行当時日光タクシー運転手として働いており、犯行当日である一月八日は午前一時ごろまでタクシーを流し、午前二時ごろ自分の乗車していたタクシーを黒崎駅付近に駐車させ、同車中に一万円程の水揚金を残したまま同駅付近の昼夜食堂に赴いて酒を飲んだ。その後駐車中の自分のタクシーのもとに帰る途中、黒崎四丁目の十八銀行付近に駐車していた被害者北住のタクシーに乗り込んだ。その時三〇〇円か四〇〇円余り持つていた。」旨供述しており、日高秀俊、児島等、池田末次、佐藤豊和の司法警察員に対する各供述調書および押収してある運転日報(昭和四三年押二七号の五ないし七)によると、被告人は、昭和四三年一月五日から日光タクシーに運転手として勤務しており、犯行前日である一月七日には自己の運転するタクシーで一一、二四〇円の水揚げをあげそのうち五、九〇〇円を犯行後の同月八日午前七時ごろ、被告人自身が運転するタクシーで日光タクシー営業所まで赴きわざわざ納入している事実を認めることができるのであるから、これらの事実によれば、被告人の右供述もかなり信憑性が高いものといわねばならない。

そうだとすれば、被告人は、犯行当時帰宅するについて自己の運転するタクシーを利用することが可能な状況にあつたと認められ、仮りに他のタクシーを利用するにしてもそれに要するタクシー代金は充分持ち合わせていたものというべきであつて、それ位のタクシー代金を踏み倒すために所謂タクシー強盗を企てたものとは到底考えることができない。

ところで、被告人は、司法警察員および検察官に対し本件犯行の動機、強盗の犯意について自白しており、当初は公判廷においても犯行を自白していた。そして本件では右自白の任意性を疑わしめるような資料は存在しないので、以下その真実性について究明する。

まず、被告人の司法警察員に対する昭和四三年一月一二日付供述調書および検察官に対する供述調書中には、「自分は犯行当時失職中であり、失業保険で生活していた。」「犯行前日の一月七日は昼過ぎに家を出て若松競艇場に行き午後五時三〇分ころの終了とともにバスで黒崎に出て一月八日午前三時ごろまで繁華街をぶらついたり酒を飲んだりして過していたところ、所持金は八〇円位となつた。」「所持金では自宅まで帰るタクシー代にも足りないのでどうしてやろうかと思案しているうち、タクシーの只乗りをし運転手を脅かしてタクシーを奪い運転手を置き去りにしてそのタクシーで家に帰つたらいいと考えた。」旨の記載があるが右の自白が真実性に乏しいものであることは前記認定のところから明らかといわねばならず、加えて村上輝明の司法巡査に対する供述調書および第三回公判調書中の被告人の供述部分によれば、被告人は本件に関し折尾警察署で取調べられていたころ、同房者である右村上より「取調べの刑事さんには憎まれないようにせにやいけんど。」と取調官に対し迎合するよう知恵をつけられており、その当時は本件犯罪の重大性よりもむしろ自分が失業保険金を不正に受給していたことが発覚することを怖れていたことを窺うことができるのであるから、右の事実からみると、被告人は、取調官の追求に迎合し、失業保険金の不正受給を隠すため、犯行の動機などについて真実に反する自白をなしたのではないかと疑われるのであつて、いずれにしても被告人の右自白の証拠価値は犯行の動機および強盗の犯意に関する限りきわめて低いものといわざるをえない。

以上のとおりであるから、被告人にタクシー代金の支払を免れるためタクシー運転手北住に暴行を加える旨の強盗の犯意があつた事実を確信をもつて認定するに足りる証拠は存在しないというべきである。

(2) 「予備的訴因」について

被告人のタクシー売上金強取の犯意に関する直接の証拠としては第一一回公判調書中の証人服部守の供述中に「私が被告人と折尾警察署の留置場で一緒にいた昭和四三年一月一三日ごろ、被告人は房内で私に対し『八幡タクシーの運ちやんをしていたとき、ぢいさんをはね殺したが、会社が払わなかつたので一〇〇万円近くの慰謝料を払わされた。それで金に困つておつたから魔がさしてタクシー強盗をやつた。』と述べた。」という供述がある。しかしながら証人田代勝義の当公判廷における供述によると、被告人は八幡タクシーに勤務中老人をはねて死亡させる事故を起こしたことはあるが、右事故の示談金約一六〇万円はすべて会社において支払つたことが認められるので、右服部の供述はにわかに信用することができず、他に被告人のタクシー売上金強取の犯意を認めるに足りる直接の証拠はない。

もつとも、西山智恵、繁野吉人の司法巡査に対する各供述調書および田代久雄、日高秀俊、児島等、池田末次、佐藤豊和の司法警察員に対する各供述調書並びに押収してある運転日報(昭和四三年押二七号の五ないし七)によると、被告人は昭和四一年三月から昭和四二年九月まで八幡タクシーの運転手として勤務していたが、競艇や酒が好きで、勤務中競艇に行つたり折尾の飲み屋に出入りしていたため、いつも金に不自由していたこと、右八幡タクシー退職後は別に職に就かず失業保険金だけで生活していたこと本件犯行日の三日前である昭和四三年一月五日に日光タクシーの運転手として就職したが、一月五日の水揚げ金一二、七〇〇円のうち四、三〇〇円を、一月六日の水揚げ金一三、二四〇円のうち五、〇四〇円を、一月七日の水揚げ金一一、二四〇円のうち五、一二〇円をそれぞれ会社に納入しなかつたこと、そのため一月七日に会社の日高常務から「金が足りんがどうしたかね。」と追及されていたことが認められ、これらの事実を綜合すると、被告人は本件犯行当時かなり金員に窮していたことがうかがわれるのであつて、このような事情のもとで、被告人がタクシー売上金強取の犯意をいだく可能性のあることは全く考えられないわけではないが、反面、前記認定のように被告人は本件犯行当時一一、〇〇〇円余りの水揚げ金を所持し、犯行直後には右水揚げ金のうち、五、九〇〇円を会社に納入しているのであるから、被告人はタクシー売上金を強取しなければならないほどさし迫つた金銭に窮迫した状態にあつたとはいえず、前記のような事情は、本件犯行の動機として決定的なものということはできない。

ところで、被告人は、第三回公判期日において、本件犯行の動機につき「私は昭和四二年六月、あるタクシーの運転手から殴られたが、本件の被害者がそのとき殴つた男だと思いその仕返しをするつもりで殴つた。」と弁解している。

そして、<証拠>を総合すると、被告人は八幡タクシーの運転手として働いていた昭和四二年六月ごろ八幡区黒崎駅で男女の客を乗せ、井筒屋付近にさしかかつた際、岩見邦昭運転の朝日タクシーの車が突然飛び出してきて危うく衝突しそうになつたので「馬鹿野郎、気を付けろ。」と怒鳴つたところ、右タクシーが被告人運転のタクシーを尾行してきて、被告人が同区引野で女の客を降ろし、同区鳴水で男の客を降ろした際尾行してきた右岩見がいきなり被告人の車のキーを取り上げて被告人を車外に引きずり降ろし被告人に文句をいつた事実が認められ、右の事実に児島等、田代久雄の司法警察員に対する各供述調書および被告人の当公判廷における供述態度などによつてうかがわれる一見温和で内向的であるが、些細なことに憤激して粗暴な振舞に出る被告人の性格から推測すると、本件の被害者である北住要を右岩見邦昭と思いこみ、その仕返しをするつもりで暴行を加えたとの被告人の弁解を検察官主張のように単なる弁解として直ちに排斥することはできないのである。

もつとも、この点について、第一三回公判調書中の証人北住要の供述によると、被告人が被害者北住要のタクシーに乗車する際、同人は十八銀行八幡支店前に駐車し、窓ガラスを全部締め車内燈を消したうえ、運転席のハンドルの下に頭を入れ足を助手席に置いて横になつて仮眠していたため、車外からは車内に寝ている同人の人物を確認し難い状態にあつたことがうかがわれる。しかしながら、同証人も車内の人物が外から絶対に確認できない状態ではなかつたと供述しているので、右の事実のみから、被告人の右弁解を直ちにしりぞけることもできないのである。

以上のとおり、被告人にはタクシー売上金を強取しなければならない程の決定的な動機は存在せず、反面本件暴行の動機に関する被告人の弁解を全く虚偽であるとして排斥することもできない事情を合わせ考えると、結局被告人のタクシー売上金強取の犯意を認定するにはその証明が充分でないといわなければならない。(塩田駿一 井上広道 弓木籠美)

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